和歌山県新宮市のような小さな町にも時鐘がありました。
現在新宮市内薬師町瑞泉寺にある梵鐘が新宮の時鐘でした。
この鐘は元来寛永年間(1624~44)。
本町に住む小西氏が亡子の菩提をとむらうために鋳したものといわれますが・・・
貞享2年(1685)第三代新宮城主水野土佐守重上の時代、時刻を知らせるためにこの鐘を打つことになりました。
時報のほか火事その他災害の警鐘としても利用されてきました。
瑞泉寺から道ひとつ隔てたところにかつて遊廓がありました。
遊女の花代は瑞泉寺の時鐘を基準に決められていたというから面白いですね。
・・・このように日本では城下町が形成される17世紀初めから、城鐘および城鐘から分離独立した時鐘が出現し・・・
17世紀中ごろ以降、全国的規模で時鐘による時間システムがぱっと拡大してゆくのです。
そして全国津々浦々鐘の鳴らないところはなかったのです。
これはまだD&G 時計のような腕時計が一般に普及していない頃の話です。
鐘こそまさに日本の時間文化のシンボルにほかならなかったのです。